2012年1月26日木曜日

プロセスからバリューへ -P&Gはマーケティングリサーチをどのように見ているのか-

最近のマーケティングリサーチに求められる変化についてのシリーズ的なエントリ(その①その②その③)もこれで一旦一区切りにしようかと思います。最後は、リサーチ会社から見たクライアント(つまり事業会社)の声。引用元は昨年のもので少し古いので既出かも知れません。

クライアントに関わらず、関係者の声は往々にして、聞き手の都合の良いように解釈されがちですが、生の声を見てみましょう。『Will Social Media Replace Surveys as a Research Tool?』から、リサーチ業界におけるBiggestクライアントと言うべきP&Gのリサーチヘッドの、マーケティングリサーチにおける変化と業界に求めることについてのコメントです。

蛇足ですが、P&Gの年間のリサーチ関連予算はなんと3.5億ドル(約270億円)だとか!日本マーケティング・リサーチ協会の『世界における日本のMarketing Researchの概況2008』によると2007年の日本全体の市場規模が約15億ドル(約1100億円)ですから、その25%程度という驚愕の数字です。

さて、下記に幾つかポイントを(抄訳して)抜粋します。昨年ニューヨークで行われた「Re:Think 2011 conference」(Advertising Research Foundation主催)における"How Market Research Must Change"というパネルでの発言です。
  • 業界は一つの方法論、特にサーベイが全てのことがらに対するソリューションになりうるという信仰から離れるべき。異説に対して寛容・柔軟になるべき。
  • ソーシャルメディアはサーベイを置き換えるだけでなく、消費者の振る舞いや期待を変えているので、サーベイそのものを難しくしている(サーベイでわかることが少なくなっているという意かと)。消費者は企業との双方向のつながりや消費者同士でのインタラクションを経験することで、ますます構造化された(ワンウェイで形式的という意かと)サーベイに関与したくないと思うようになるはず。
  • リサーチャーはプロセス、バリデーション、イデオロギーとも言える方法論にフォーカスしすぎ。例えば、リサーチにおいては代表性が全てというドグマ(代表性の重要性を否定しているわけではない)。代表性が担保されているところからしか学べないという考えから離れ、代表性があろうがなかろうが学べることはあると考える。その一つがソーシャルメディア。
  • P&Gはサーベイを今後も数年続けるだろうが、その重要性は徐々に薄れていくだろう。
  • リサーチャーは「心地の良いレベル」から抜け出し、組織(企業)における意思決定者の良きアドバイザーになる必要がある。つまり、マーケットシェアのようなものごとただ「測る」ことを超えて、いつどのようにものごとを前に進めればいいのか企画し、シナリオプランニングをできるような「インディケーター(指標)を見出す」ことに力を注ぐようにしないといけない。

ここに何か解釈を加える必要はないでしょう。

ちなみに以下が、原文からの抜粋。
The industry should get away from "believing a method, particularly survey research, will be the solution to anything," she said. "We need to be methodology agnostic."

Social-media listening isn't only replacing some survey research but also making it harder to do by changing consumer behavior and expectations, Ms. Lewis said in an interview after the panel.

"The more people see two-way engagement and being able to interact with people all over the world, I think the less they want to be involved in structured research," she said. "If I have something to say to that company now, there are lots of ways to say it."

Researchers focus too much on process, details of validation and treating methods "like ideologies," she said.

"We are all brought into the research industry with the almost dogmatic belief that representation is everything," Ms. Lewis said, noting that she doesn't discount the importance of having samples representative of a population for some research.

"But we need to get away from the notion that being representative of something is the only way to learn," she said. "I still hear people say, 'That social-media thing, that's not really going to pan out.' We will learn enormously whether [social-media samples are] representative or not."

She said P&G will continue to do survey research for years, even though she expects it to become less important.

"When we're doing it, we need to do it well," she said. "It's really been easy for people to take the idea that the world is changing as an excuse to do really poor work. And there's no excuse."

(中略)

Ms. Lewis also said researchers need to move beyond a "comfort level" in being advisers to "having something on the line" alongside other decision makers in organizations. And she said research needs to move beyond measuring things like market share to finding indicators that project when and how it should move and do more scenario planning.

同じ記事の中に、リサーチ会社にも「成果報酬型」のスキームを提案するコカ・コーラ社のコメントがありました。
Mr. Tripodi, who said Coca-Cola had adopted such a model for ad agencies two years ago, welcomed applying value-based compensation to research firms -- provided they provide value.

"I would gladly pay a lot more money to our agency partners in the research area if they delivered for us that game-changing insight," he said. "Absolutely, where do I sign up?"

ゲームチェンジを生み出せるインサイトを提供してくれるならもっと払ってもいいよ、と(逆に言うとダウンサイドも当然あるよということですが)。プロセスではなくバリューに焦点を、というクライアントニーズに照らしても、今後出てきてもおかしくない動きとして興味深いです。

2012年1月20日金曜日

情報流通革命 マーケティングリサーチに求められる経営的視点 -『The Shape of Marketing Research in 2021』より-

最近似たようなエントリを書いていることを自覚しながら、カラーバス効果というか、あるテーマに一度触れるとそれに関連する情報についつい反応してしまう今日この頃です。

ということで、先日読んだこちらの記事(『The Top Ten Market Research Articles of 2011』)で2011年のマーケティングリサーチ(以下、MR)に関する記事ベスト10がまとめられていましたが、その中から、『The Shape of Marketing Research in 2021』(PDF)をピックアップ。記事の趣旨は、最近エントリした内容(その①その②)に近く、MRに活用できる新しいテクノロジーの台頭と活用できるデータの広がり、そしてクライアントのニーズの変化が起こっており、それに伴って従来MRにもそれらに適応した変化が求められる、というような内容。

この記事がユニークだったのは、将来的なMRのあり方を「情報の川」というメタファーで表現していることです。「ビッグデータ」に近い考え方かと思いますが、情報(魚?)は既に多種多様に大量に存在し(実は今もそうですが顕在化できていない)、いちいちアドホック的にサーベイをして情報を得るのではなく、「情報の川」から欲しい人が欲しい時に欲しいモノを釣ればよいという考え方です。

このエントリでは、「情報の川」というメタファーを使い、MR(と言うよりも、より広義な情報・データ産業)における情報・データのあり方がどのようになるのかということを考えてみたいと思います。
(なお、以下で展開するメタファーは、私が個人的に「情報の川」に発想を得て考えを整理するために創作しているものであり、原文ではもっと真面目に直接的にMR論が展開されているので、是非そちらもご参照ください)


・手に入る魚の種類や量が増えている:入手できる情報の多様化・大量化
技術が進化すると、見える世界が広がります。これは恐らく漁の世界も同じで、川の生態系を把握する技術、水中の様子を観察する技術、魚の好みを把握し釣り上げる技術、一度に大量に釣り上げる効率化の技術等によって、手に入る魚の種類や量が増えていると思われます。手に入る魚の話であって、そこにいる魚の種類や量はあまり変化はないのかも知れません。

これは情報・データの世界においても同様で、ソーシャルメディア、モバイル、オンラインコミュニティー等のメディア・手法が登場していることによって、従来の伝統的な手法によって得られるものから、得られる情報の種類や量が格段に増えています。下記は原文に紹介されていたデータソースの一覧。1,2は伝統的な手法(この中でも進化はあり)、3,4は新しい手法により得られる情報になります。


出典:『The Top Ten Market Research Articles of 2011』


・食卓で求められる水準がより高度化している:クライアントニーズの高度化
消費者の舌は日々肥え続けています。消費者はより、鮮度の高い素材を、より付加価値の高い(おいしい)方法で調理し、それを出来る限り安く手に入れたいと考えます。

ここで言う消費者は、MRに置き換えるとクライアントに当たります(少しわかりにくい・・)。原文ではこのニーズを”Insight On Demand”と表現しています。欲しい人が、欲しい時に、欲しい情報だけを手に入れることができる状態でしょうか。欲しい情報とは、単なる売上データ等の原始的・一面的・断片的なものではなく、うまく事業に活用できるように加工がされており(インサイト化されており)、且つ不要なプロセスや情報が紛れ込まないのでコストも抑えられるだろうというわけです。


・魚を食卓に届けるプロセスも進化している:情報の取得・加工技術の進化
多様で大量な素材(魚)と食卓のニーズを結びつける技術やシステムも進化しています。より鮮度高く魚を届ける冷凍技術や輸送技術、よりおいしく加工するための調理方法や加工技術、様々なプロセスの進化によって食卓のニーズがより高いレベルで満たされようとしてきています。

ことMRという領域においても、情報を取得し加工するための新しい技術が次々に登場してきています。上記図にあるデータソースの部分と重複するところもありますが、原文では下記のようなものが紹介されています。
  • Mobile Data
  • User-generated Content and Text Mining
  • Social Networks
  • Path Data
  • Eye Tracking
  • Web Browsing
  • The Internet of Things
  • Neuromarketing
※内容は過去エントリとも重複する部分があるので詳細は割愛。原文と合わせてご参照ください


・流通がより直接的なものに変わる:クライアントと消費者の直接的な接触
食卓に素材の鮮度高く、消費者のニーズにより適合したものを届けるためには、必然的に食卓と素材(を扱う人)との時間的距離や情報コミュニケーション上の距離が近くなる必要が生じます。魚の消費においても、消費者(までいかなくとも小売・飲食店)がダイレクトに生産者から魚を仕入れるためのシステムが生まれてきています。

また、消費者(含む小売・飲食店)が生産の現場まで足を踏み込み、自社で養殖を行ったり、漁業者に出資をしたりと、ともに素材の獲得や育成に取り組む形も生まれてきています。

上記をMRに置き換えると、クライアント企業と消費者(顧客)の距離が縮まるということを意味します。原文中にはIBMの調査結果として、60カ国・1500人の企業や公共のリーダーのうち実に95%が、顧客との距離をより近くすることが向こう5年の最優先事項だと答えている結果が紹介されています。実際に、ソーシャルメディアにおける対話、コールセンターでのサポート、DIYリサーチでのアンケートといったように、企業がダイレクトに消費者(顧客)に接する機会は格段に増えています。この企業と消費者(顧客)の距離の短縮が、”Insight On Demand”を得る機会の増加、ニーズの増加にも繋がっていると考えられます。

また、原文では”Co-Creation”として紹介をされていますが、下記のような形で消費者とともに何かを作り上げる、あるいは検証・実験するという、消費者をプロセスに巻き込んだ協働の形も生まれてきています。
  • Brand Communities
    企業が独自のブランドコミュニティを持ち、消費者と直接的に対話を行い、意思決定自体に消費者を巻き込む動き
  • Online Crowdsourcing
    社内の「プロ」だけでなく、社外の「アマチュア」の知恵やユーザーとしての声を利用し、ユーザー主導のイノベーションを促す動き
  • Field Experimentation
    新しいビジネスや商品・サービスのテストを社外の消費者にしてもらい、そのコンセプト検証や評価を行うプロトタイプテストの動き


・求められる中間事業者の役割とは
上記のような”Insight On Demand”が求められ、川下と川上の距離が縮む流れが加速すると、様々な業界が同じような経路を辿ったように、当然ながら中間事業者の役割が問われます。魚の流通という意味で言うと、漁協・市場の役割であり、卸の役割です。

これをMR界隈に当てはめると、下記の様な感じでしょうか(ちょっと違うかな?)。当然これらが一体化している企業もありますが。
  • 漁協:(ない場合もあるが)消費者を束ねるパネル屋
  • 市場:情報をアドホック型あるいはシンジケート型で収集・分析するリサーチャー
  • 卸:クライアント企業にリサーチを売る営業

上記の例えがピタッとはまっているかどうかはわかりませんが、いずれにしても、既存のMR事業者は現在情報の「仲介者」としての役割であると言えます。システム(体系)が変化するとそこに関わるプレイヤーの役割が変化あるいは消滅することは必然です。原文では、新しいシステム(より直接的にクライアントと消費者が繋がるシステム)においては、MR事業者には「ナビゲーター」としての役割が求められると言及されています。より多様で大量な情報が溢れる中で、どのようにそれらを統合し意味合いを見出し活動に生かすのか、という点において活躍の機会を見出すべきとの記述です。


・課題から見えるヒント
情報を統合し洞察する「ナビゲーター」とは何なのか。わかるようでわからない(漠然としている)姿です。

原文から、この情報・データの流通革命に当たっての「課題」をピックアップし、ヒントを探ります。幾分安直ではありますが、これらの課題解決者になれる外部プロフェッショナルこそが一義的には「ナビゲーター」と言えるのではないでしょうか。
  • Organizational Resistance
    今後(クライアント)企業が溢れる情報を取り扱うにあたり、社内の組織間の壁を越えた情報の交流や方法論の統合が必要になる。つまり、カスタマーインサイト、顧客のフィードバック(生の声)、DBマネジメントスキル、IT等々、現在それぞれ別の部門で管理・運用されている情報や方法論をどのようにつなぎ合わせるかという問題。
  • Resistance to "The New"
    人は“time-tested(時の試練を経た信頼できる)”な手法に慣れると、それを置き換えることに積極的になりづらいもの。それはことMRにおいてもクライアントサイド・外部プロフェッショナルサイドともに同じことであり、特に意思決定権のある上層部にこそ長年の“time-tested”な手法が染み付いているという問題。
  • The Institutionalization of Metrics and Norms
    上述の“time-tested”な手法に問題は近いが、企業の経営を測るモノサシ(指標、測定方法等)が深く作りこまれていればいるほど、組織はそれに従って(それを成果指標にして)動いているので、一朝一夕に変えるのは難しい。顧客から得られる情報や関わり方が変わる中では、必然的にこのモノサシを変える必要があるが、それが一筋縄ではいかないという問題。
  • Research Suppliers Must Defend Current Lines of Business
    外部プロフェッショナル企業も一事業会社。当然ながら売上や利益を上げることは至上命題であり、その多くを占める既存事業(要は既存MR)を捨て、新しい事業に置き換えるということには消極的であるという問題。
  • Lack of Buy-in to the Change
    "Buy-in"とは、同意しサポートする、コミットする、といった意味合い。この変化に対するクライアント企業の"Buy-in"を部門や階層を上下に横断的に得られるかという問題。
  • Poor Implementation
    的を絞った限定的なものであっても、早期の成功事例がクライアント社内でのコミットメントを広げる鍵となる。いざ新しい考え方を実行に移した際に出てくるであろう「残念な」結果をどのように防ぐのかという問題。
  • Talent
    情報・データの流通革命に当たっては、これまでとは全く異なるケイパビリティがクライアントサイド・外部プロフェッショナルサイドともに必要になる。外部プロフェッショナルとして、何をコアなケイパビリティとしていくのか、どのようにキャッチアップするのか、またクライアントの理解レベルを向上すべくどのようなトレーニングを提供していけばいいのか、といった人材の問題。


・総じて
総じて言えることは、上記課題解決者としての「ナビゲーター」の役割が仮にあるとすると、そのカウンターパートはもはやマーケティングリサーチ部門ではなく、CMO(Chief Marketing Officer)やCKO(Chief Knowledge Officer)といった、いわゆるC-suiteレベルになってくるであろうということです。情報・データの流通革命における課題解決は、部門横断的であり、組織の意識・行動改革であり、管理手法改革であり、リスクテイキングであり、ケイパビリティ・教育体系の見直しであり、非常に複合的で多層的な取り組みになります。これはつまり、外部プロフェッショナルとして経営レベルでの提言力や課題解決力が求められてくることを意味するのではないでしょうか。

さて。。

2012年1月16日月曜日

医療におけるテクノロジーの可能性 2012年の展望 -『6 Big HealthTech Ideas That Will Change Medicine In 2012』より-

今回は個人的に関心のある領域、医療におけるテクノロジーの展望について。『6 Big HealthTech Ideas That Will Change Medicine In 2012』に紹介されている6つのテクノロジー(およびその応用例)を取り上げますが、医療以外で聞かれるテクノロジーが医療においても重要な手段として取り上げられてきているということがわかります。
※元記事は本家Tech Curnchのものですが、Japanの方で(恐らく)日本語化されていないようですのでメモとして

以前に『マーケティング・リサーチにおけるハイプ・サイクル -技術が広げる可能性-』というエントリーを書きましたが、その中で紹介したハイプ・サイクル(Hype Cycle)に挙げられている技術領域も幾つか登場していますね。

さて、以下にその6つのテクノロジー(およびその応用例)を抜粋・要約します。

・Artificial Intelligence
人工知能と言えば、最近ではAppleのSiriやIBMのワトソンが有名ですが、人工知能もしくはパターン認識といった技術を活用することで、医療においても診断や意思決定をサポートする手段(医療従事者、患者に対して)になってくるだろうということです。例えば、子宮がんの早期検査、乳房X線診察、皮膚科診断といった、ある程度方法論がパターン化される領域においてこの動きが加速しそうとのこと。いわゆるプライマリーケア(初期診療)を担当する内科医の多くはこの診断アプリをスマートフォンに入れるようになり、専門外の診断でも簡単なものは自身で行い専門医への紹介も減少する、というような未来もあり得るかもとあります。

ここで紹介されているのは、「Skin Scan」というアプリ。皮膚(外傷)を撮影しクラウドに上げると皮膚がんの可能性があるか否か診断結果が得られ、可能性がありより詳細な診察が必要な場合は近隣の専門医を紹介してくれるというものだそうです。

・Big Data
消費者向けビジネスや支援するITベンダー・調査会社の界隈では既に盛り上がりを見せているビッグデータ。個人情報の関係やアウトカムをなかなか公表できない業界規制の中で情報がうまく活用されていない側面もありますが、実は医療は一大情報産業です。生命を扱う産業として、情報に意味付けを行い、アクションにつながる情報に加工し、それを少しでも早く安くということの重要性は、他の産業以上に求められるところです。

わかりやすい例としてはゲノム解析。10年前はヒトのゲノム配列を全て明らかにするのに10億ドル以上かかっていたところが、現在ではムーアの法則もびっくりの5,000ドル以下でやれてしまうとのこと。一般の人がゲノム解析を依頼できる会社としては「23andMe」が有名ですが、ここでは昨年1万人のゲノム配列を明らかにしたが、来年には10万人(近いうちに100万人)のゲノム配列を明らかにしていく予定だとのことです。これは予防という観点で非常に良い動きです。

・3D Printing

3Dプリント。3Dプリントについては、The Economistにも特集記事がされており、主にモノづくり(トンネル等の大型造形含む)における3Dでのモック(模型)作成に活躍する技術です。医療における一つの利用方法が義足。もし片方の足がまだ健在で、3Dプリントが利用できれば、サイズやRの出し方、肌の質感を自分の足をベースに義足として再現できるかもしれないということです。また、3Dプリントに期待されているのがiPS細胞やES細胞等を使った再生医療への援用。ヒトの細胞を単に再生するだけではなく(それだけでも画期的ですが)、元の人体にあった臓器の形を3Dプリントでシミュレーションした上で、原形に忠実に再生できるかもしれないようです(サイエンティフィックに正しい表現になっているか自信がありませんが)。

・Social Health Network
SNSのヘルスケアへの適用。例えば、トラッキングという効用。つながった友達からの賞賛(応援?)と適切なピアプレッシャーによって健康状態を維持できたり、ダイエットが継続したりすると言います。また、病気の予測、という点も一つの可能性としてあるようです。一説には、友人をより多く持っている人は、人よりも早くインフルエンザにかかると言い、SNSのソーシャルグラフ情報から自身がいつ頃インフルエンザにかかる可能性が高いかを予測することで、適切な回避ができるようになるらしいです。

より実用的なところでは、実際に何かしらの疾患にかかっている患者同士がつながり、情報を共有しともに治癒に向けて力を合わせるというサイトも登場しています。「Patients Like Me」「Cure Together」が有名どころです。

またより臨床に近いところでは、「Genomera」というクラウドソーシングを活用し低コストでWebベースの研究を行えるサイトや、「Practice Fusion」という「このような遺伝子を持った患者が、このような薬を飲んだら、このような結果になった」といった情報を参照できる電子医療データベースサイト等があるようです。

・Communication With Doctors
これは可能性について言われ続けて久しいような気もしますが、SkypeやFace Timeのような新しいコミュニケーションプラットフォームを活用した患者と医師のコミュニケーション(遠隔での診察等)です。ここは技術的な問題というよりも、むしろ制度・規制や保険償還の問題の方が大きい領域ですが、そろそろ実用の段階に進むかもということです。ただ、単なるしゃっくりや吹き出物で電話される医師もたまったものではないので、医師がこの方法を活用するインセンティブや保険償還の仕組み等を整備する必要があるようです。

・Mobile
スマートフォンに代表されるモバイルには、持ち主のヘルスケアデータを記録したり、医療上の指標をトラッキングする機器としての新しい可能性があります。例えば、心臓を常にモニタリングしクラウドにデータを蓄積し主治医が適宜それを見られる仕掛け、携帯電話をインスタントのオトスコープ(耳鏡)、あるいは血糖測定器にする工夫等があるようです。

ただこういった新しいイノベーションは、先進国(ここではUS)では規制の壁がありすんなりとお墨付きを得られる状況ではなく、むしろインドやアフリカといったまだ規制が比較的ゆるく、医師が少なく切実なニーズのあるオフショアで素早く立ち上がるのではないかということです。


・全般を通じて
一般的な技術のハイプ・サイクル(Hype Cycle)に比べると、医療領域における展開は少し遅めなのでしょうかね。正確に言うと、臨床で応用される技術は最先端を行っているのですが、医療の周辺領域(予防、アフターケア、患者視点での広義のケア等)においてはまだまだというところでしょうか。本来あるべきは、医療という領域は他のどの産業よりも最先端のテクノロジーが応用されるべき領域だと思います。元記事は“In the future we might not prescribe drugs all the time, we might prescribe apps.”という書き出しで始まっていますが、様々な技術が日常のヘルスケアに持ち込まれる未来はどれくらい近い未来のことなのでしょうか。

2012年1月9日月曜日

「XXXと言えば」の逆をいく -映画『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』を観て-

この連休に、以前から観たいと思っていた映画『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』を観ました。この「エル・ブリ」というレストラン、ここを見ていただいた方がわかりやすい解説がされているのですが、スペインにあるミシュラン三ツ星のレストランで、非常に革新的な料理を提供することとともに、1年のうち6ヶ月しかオープンしていない(あと半年は次期メニューの創作をしている!)ことで有名です。

『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』予告編





私自身、まったくグルメという訳ではなく、ハンバーグに目玉焼きが乗っているとテンションが上がってしまうクラスタの一人なのですが、エル・ブリの既成概念を崩すスタイルや考え方に触れたいなと思っていました。実際、映画を観た後も、行ってみたいとは思いましたが、食べてみたいとは全く思いませんでした(笑)

映画自体はドキュメンタリーになっており、基本的には彼らの創作活動を「そのまま」撮影している感じで、特にシェフのインタビューが入ったりするようなこともなく、淡々とした2時間の内容です。中身は是非皆さんの目で確認していただきたいのですが、予想に違わず、このレストランのスタイルは既成のものとは一線を画すものでした。

やや【ネタばれ注意】ですが、、映画を観て私の感じたこのレストランのスタイルです。あらゆる面でことごとく「レストランと言えば」「料理と言えば」という既成概念の逆をいく印象でした。

1.料理に求めるもの、メニューを考える際に大事にするコンセプトが異なる
  • 「味」よりも「驚き・新しい感覚」
  • 「トップダウン(メニューありき)」というよりも「ボトムアップ(素材と調理法の新しさ)」
  • 「料理」というよりも「アート」

とにかく(数、その希少性ともに)様々な食材を、少量ずつ、炒めたり焼いたり粉にしたりペーストにしたり、多種多様な調理方法で加工をし、比較を延々と繰り返します。その過程で、オーナーシェフであるフェラン・アドリアが繰り返す言葉(大体こんな感じの内容でした)は下記のようなものです。
  • 今は味の段階ではない。味は後だ。まずは驚きの要素。それがコンセプト。
  • 私が求めるのは意外性と驚き。
  • 客が求めるのは、単純においしいではなく、新しい感覚。

2.メニューを生み出すプロセス(創作のプロセス)が異なる
  • 「調理」というよりも「実験」
  • 「試作の厨房」というよりも「ラボ・会議室」
  • 「ひらめき・経験」というよりも「地道な仮説検証」
  • 「記憶」よりも「記録・データ」
  • 「包丁」というよりも「ペン・紙・PC」

フェラン・アドリアは「創造とは日々の積み重ねだ」と言います。それを実践するかのごとく、エル・ブリでは1年の半年は店を閉め、フェラン・アドリアと少数のシェフで創作活動に専念します。色味・香り・食感・形・味いろんな角度から何がベストかを、作っては捨てを繰り返し探求します。その際に、写真を必ず撮影し、ノートに材料・調理法・出来上がりの特徴を書いて記録します。一定のタイミングでPCに記録、調理人全員がPCに向かい会議をする様は、まるで企業の研究部門や企画部門のようでした。

また、意思決定も合理的。経験やエイヤの感覚だけで、いきなりメニュー作りに入りません。アイデアに対して数段階の星をつけて優先順位付けし、そこから再度ブラッシュアップをかけていきます。

3.レストランを運営する組織の作り方・人の使い方が異なる
  • 「職人」というよりも「リーダーとチーム」
  • 「レストランの調理場」というよりも「工場」
  • 「調理スタッフ」というよりも「作業員・機械」

驚いたことに、オーナーシェフであるフェラン・アドリアが自ら調理しているシーンは一つもありませんでした。チームがひたすら試作をし、フェラン・アドリアは試食し批評と方向性の指示をする形です。

また、この創作プロセスにかかわるのはごく限られたスタッフのみ。多くのスタッフは開店1ヶ月前くらいに合流します。その時点でメニューは誰も知りません。更に、エル・ブリの一品一品は手が込んでいて、その段取りも複雑なシステム。その作業は完全な分業であり、非常に工場的。ここでもフェラン・アドリアは全く調理はせず、ひたすら指示をしており、悪い言い方ですが司令塔と手足といった印象です。フェラン・アドリアの「創作と調理は違う」「完璧に作業をしろ。機会のように動け」といった発言が印象的です。


全体を通じて:根底に流れる哲学が異なる
エル・ブリでは、毎シーズン、メニューを一新するので同じ料理は二度と提供されず、コースの品数は40皿に上るそう。またエル・ブリの格言は「クリエイティブとは、真似をしないこと」だそうです。総合すると、下記のような哲学が根底にはあるような印象を持ちました。
  • 「伝統」というよりも「革新」
  • 「定番」というよりも「新作」
  • 「真似」というよりも「オリジナリティ」
  • 「王道」というよりも「邪道」
  • 「安定」よりも「変化」

企画に携わるものとして、非常にインスピレーションをもらえる良い映画でした。東京では銀座での短館上映のみというのが残念です。

「マーケティングリサーチ」とは何かという素朴な疑問 -『The Future of Online Research: ENgaging and ACtivating Stakeholders』より-

年明けに『マーケティングリサーチでも変化は外縁から起こるか -『Will 2012 Be The End Of The (MR) World As We Know It?』より-』というエントリを書きましたが、何名かの方にTwitter等で拡散いただいたおかげで、比較的多くの方(と言っても知れていますが)に見ていただくことができました。感謝です。

その中で、マーケティングリサーチ(以下、MR)に求められている変化について、「相対的にシュリンクしていくであろう従来の領域で生きていくことを選ぶのか、自ら変化に身をさらすことを選ぶのか、従来MRにとって大きな岐路に差し掛かっているのではないでしょうか」というようなことを書きました。これに関連して、MRの今後のあり方に関して書かれた記事があったので、ご紹介。

・総論

元記事は『The Future of Online Research: ENgaging and ACtivating Stakeholders』というタイトルで、書き出しは、"Market research is in a state of ‘limbo’."(MRは忘却の淵にいる、忘れ去られようとしている、というニュアンス?)という刺激的なもの。主張の背景的には、最近よく見るように、「従来MRの多くはビジネスに十分なインパクトを与えられていない」「データ、分析、テクニック、信頼性、代表性といった”手段”に過剰にフォーカスしすぎ」「MRはコモディティ化してきている」「クライアントも、”より多く・安く”を求めていて、”真のトランスフォーメーションや付加価値”を求めていない」といったことが挙げられています。

恐らく本記事を通じて筆者が言いたいことは、"What is research good for? What is the higher purpose?"((MRは)何のためにやるの?何にいいの?)という言葉に集約されているように思います。これに対する筆者の答えは、タイトルにもあるように"ENgaging and ACtivating Stakeholders"です。"Let’s bring the consumer into the boardroom"(消費者を役員室に持ち込め)という比喩を使っているように、第一のステークホルダー(関係者)である消費者に「参加」してもらい従来よりパワフルで創造的な情報を得る。さらに企業の人間は情報を得るだけでなく自身がその対話に「参加」し、単なる検証や意思決定のためだけにMRを使うのではなく、発見やイマジネーションを得て「活動」に移す。抽象的ではありますが、そういったことが求められる姿であると言っているように理解しました。

・MRに求められる3つの変化

前述のMRの姿("ENgaging and ACtivating Stakeholders")を実現するために、必要な変化として3つのポイントを筆者は挙げています。
  1. Creative intelligence generation
  2. Research as conversation starter
  3. Management responsiveness

内容も踏まえ、わかりやすく表現すると下記のように解釈(≠翻訳)できると思います。
  1. Creative intelligence generation>>聞くだけではなく、働きかけろ。もっとやり方を創造的に。
  2. Research as conversation starter>>リサーチで終わらない。そこからが対話のスタート。
  3. Management responsiveness>>検証や意思決定だけに留まるな。活動につながる気付きの体験を。

以下、簡単に3つのポイントについての主張を整理します。意訳込みですのでご了承を。

1.Creative intelligence generation>>聞くだけではなく、働きかけろ。もっとやり方を創造的に。
これまで、マーケティング情報を得るという目的においては、「サーベイ」ばかりを活用しすぎている。消費者は長く退屈なサーベイを埋めるのに疲れているし、幸いなことに補完的に使える多様な技術や手法が登場してきている。

『Brain Rules』 (2008)に紹介されている脳の働きについての12のルール(下記)にあるように、ゲームの要素を活用し、消費者にタスクを与えたり、実験的な要素を取り入れたりしたリサーチ手法を使うことで、回答者がより生産的に創造的になるため工夫が可能。消費者に対して、聞くだけではなく、働きかけるべき。
(1)‘exercise boosts brain power’ (rule #1) >>エクササイズは脳の力を高める
(2)‘we do not pay attention to boring things’ (rule #4) >>つまらないことには注意を払えない
(3)‘stimulate more of the senses’ (rule #9) >>感覚を刺激しろ
(4)‘vision trumps all other senses’(rule #10) >>視覚は全ての感覚に勝る
(5)‘we are powerful and natural explorers’ (rule #12) >>人はパワフルな生まれつきの冒険者である

2.Research as conversation starter>>リサーチで終わらない。そこからが対話のスタート。
MRでは、単にフォーマルなプレゼンやナレッジマネジメントが全てではなく、インフォーマルな対話も同等にマネジャーの知恵を活性化する有効な手段。リサーチは対話の「始まり」であり、対話こそが消費者のライブのストーリーを伝え、ストーリこそがコンテキストやテーマを生む。「消費者を役員室に持ち込め」という比喩を使っているように、マネジメントの知っていることをマーケットのリアルな現状と突き合せるという意味での衝突は非常に有用であり、例えば、役員を消費者クイズに参加させるというある種の「ゲーミフィケーション」も良い取り組みになりうる。

3.Management responsiveness>>検証や意思決定だけに留まるな。活動につながる気付きの体験を。
情報を元にした計画も、行動を伴わなければ意味がない。行動につながり、最も大きなインパクトと成果を生む気付きは、マネジャー自身が経験し探索した気付き。理想的なリサーチは、リサーチャーとマネジャーの間で何か不確実なことに確証を得るためのものではなく、活動につながる気付きを得られるもの。予期せぬ洞察やアハ体験など、"Simple Unexpected Credible Concrete Emotional Stories Social"="SUCCESS" (Heath & Heath 2007)な気付きをマネジャー自身が得ることが期待される。

・「マーケティングリサーチ」とは何か


こう見ていくと、「マーケティングリサーチ」とは何かという素朴な疑問に突き当たります。上記で書かれたようなことは、果たして、いわゆるMRなのでしょうか。ちなみに"Market Research"を英英辞典でひくと、下記のような意味だと書かれています。もはやこの枠に納まるものではないように思われます。

Market Research:a business activity that involves colecting information about what goods people buy and why they buy them(ロングマン現代アメリカ英語辞典)

ここで思い出されるのは、T型フォード(自動車)のイノベーションと、その陰で変化に適応できず衰退の憂き目にあった馬車の部品(ムチ)メーカーのケースです。有名なケースですのでここに詳述することは控えますが、自分たちの事業を何と定義するか(「馬車の部品を作る」と定義するか、「人々に輸送を提供する手段を提供する」と定義するか)によって大きくその方向性は変わってくるという一つの例です。

思うに、「MRとはこういうもの」という定義がかなり明確に定義されていたからこそ、他の周辺領域との切り分けも明確になり、業界として成長し成り立っていたMR業界。これが今、新しい技術が登場し、顧客のニーズが変化する中で、広義のマーケティングにおける、各領域(広告、PR、リサーチ、カスタマーサービス、サポート等々)の境界が曖昧になり、新しいカテゴライズと定義(その出口としてのリネームも)が必要になってきているように思います。まだまだ一般論の域を出ないものの、この定義如何で前回エントリーに書いたような領域への進出是非の判断も変わってくるのではないでしょうか。

2012年1月5日木曜日

マーケティングリサーチでも変化は外縁から起こるか -『Will 2012 Be The End Of The (MR) World As We Know It?』より-

昨年は、マーケティングリサーチ(以下、MR)における今後のトレンドの展望や従来型MRに求められる変化について書かれたブログを引用して、下記のようなエントリーを幾つか書きました。海外のオピニオンではこういう内容が最近多いですね。

マーケティングリサーチ:12の新しい潮流 -『WHAT’S NEXT IN ONLINE AND SOCIAL MEDIA RESEARCH?』-
『従来型サーベイは消えるのか -『No Surveys in 18 years!』より-』
『ゆく年/くる年のマーケティングリサーチは? -『Research in 2012: new methods, stronger structures and less PowerPoint』より-』

昨年末に読んだ『Will 2012 Be The End Of The (MR) World As We Know It?』というブログも同じような論調。「2012年は皆さんよくご存知のMRの終焉?」てな刺激的なタイトルですが、内容的には2012年のトレンド・方向性について包括的に書かれた記事です。

まずは、以下にざっと内容の要約を。

・MR業界に起こりうる10の変化
大きく10個のMRに関するトレンドや変化について書かれています。
(日本語部分は意訳もあり。正確には元記事をご参照ください。)

1. Surveys get smart : 常時カスタマーインサイトが統合できるサーベイ手法へ
サーベイの主軸が、都度個別に企画するアドホック調査ではなく、ソーシャルメディアやCRM、POSといった顧客データを統合したダイナミックなトラッキングシステムに変化。質問内容はそれまでのトラッキング内容(過去の発言や行動)によって適切に絞り込まれ、多くのタッチポイントを通じて常時顧客にはアプローチができるため、都度の質問数も2,3に絞り込まれる。仕掛けとしてのゲーム的要素や企業からのリワードも導入が進む。

2. Qualitative plays connect the dots : 真の顧客理解につながる定性の復権
本質的な顧客理解への企業の需要と、コミュニティ/バーチャルエスノグラフィー/ビッグデータといった手法の進化によって、ストーリーテリング、異なった種類のデータを一つに繋げる力、社会科学を人の行動理解に繋げる力といった、定性情報分析のスキルセットへの需要が大きくなりつつある。ただし、新しいツール・手法の学習とこれまでより大きなスケールでの洞察が求められる。

3. Once more, with feeling : 人の非合理性を汲み取る手法の台頭
生物測定学(バイオメトリックス)、神経科学、表情認識、認識モデルといった、人の非合理的な意思決定を理解する技術が進化し、行動経済学を調査に組み込むことが普通のことに。従来のアンケート等で取れる「語られる」意見や嗜好の役割はなくならないが、ビッグデータ等の行動や考えをダイレクトに得られる手段の補完的扱いでしかなくなる。

4. Google gobbles up data collection : MRバリューチェーンの再構築
パネル屋、フィールドワーク屋、データ屋、分析屋、コンサル屋などなど、分業が比較的できていた従来のMR業界のバリューチェーン。ここにGoogle等のITのメガプレイヤーが参入し、巨大なデータを活用し顧客インサイトを創出するために買収と戦略的投資を展開している。既存のプレイヤーは、そのケイパビリティの一部となるか、パートナーシップを結ぶか、もしくはそのエコシステムの中で独自のポジショニングを築くか、新しい競争ルールの中での自社の位置付けの模索が求められる。

5. Text Analytics reads between the lines : テキスト分析の進化
データ処理能力向上、分析プロトコルの進化、巨大な発話データへのアクセスを背景に、テキスト分析が単にちょっと良くなったというレベルではなく、オンライン調査やビッグデータ分析における"Game Changer"になりうる。単にワードの関係性やランキングを出すだけでなく、複数のアルゴリズムを用い感情面も組み入れた多層的な解析を行うことができるようになるとか。コミュニティ、グルイン、ソーシャルメディア、CRMデータ等々のほぼ全ての側面に組み込まれていく重要な手法になりうる。

6. Brands put their money where their mouth is : 企業の期待すること(=予算配分)の変化
企業は単なる顧客理解だけではなく、顧客とのエンゲージメントおよび関係性の転換を実現するために調査予算をシフトしており、「データ収集と分析」のみに終始する事業者ではなく、MR業界以外の新しいプレイヤー(Wayin, IntoNow, CrowdTap, Tiipz, Survey Monkey等)との協働を始めている。この新規参入者のもたらす新しいモデルは高いROIを示しており、既存事業者に求められる適応のペースは非常に速い。また、この新規参入者の企業評価額は非常に高くなることが予想され、これまでのような買収による適応は難しく、自らのクリエイティビティ、イノベーション、実験、コラボレーションを取り入れる組織文化の転換が求められる。

7. Going glocal : 一元的なグローバル調査が格段に早く・安く
ソーシャルメディアとモバイルテクノロジーによって、これまでグローバル調査に必要とされてきた各国個別のプロジェクトの実施(各国でコーディネート企業や適した調査手法が異なったため)が不要になり、グローバルなスコープのもとでローカルな内容にフォーカスした調査が一元的に実施可能に。マクロ/ミクロのグローバル調査を格段に早く安く実施できるように。

8. Big Data = big bucks : ビッグデータは一つの産業に
これは言わずと知れたビッグデータ。「ビジネスインテリジェンス」業界として、既にグローバルに3000億ドル(約23兆円)規模(!)の産業として成立。これは2012年も伸びる見込み。
ちなみにビッグデータについては私も以前にエントリーを書いていますので、ご参照ください。

ビッグ・データの可能性 -『科学の「第4のパラダイム」』(HBR11月号)より-
ビッグ・データのもたらす変化 -マッキンゼーの論文より-

9. Mobile, mobile, mobile : モバイルが最重要な技術の中心に
誰がなんと言おうとモバイル!!、というニュアンスでしょうか。これなくして2012年のMRは語れませんよ的な書きっぷり。

10. Research is redefined : 要はMRの再定義が必要
上記の総括的な意味合いとして、クライアントのニーズ、ビジネスの現実、社会的トレンド、テクノロジー、ビジネスモデル、競合、全てが新しいものになってきている中で、MRには狭い定義、保守的なポジショニングからの脱却が求められているという締め。


・変化はどこから起こるのか
次に、それぞれのトレンドや変化について、核となるであろうプレイヤーを記事を参考にしつつ勝手に考えてみます。

1. Surveys get smart : 常時カスタマーインサイトが統合できるサーベイ手法へ
ソーシャルメディア解析に通じた企業(代理店、メディアコンサル等)、従来からCRM・POSといった常時顧客データを扱う企業(コールセンター事業者も?)、あるいは仕掛け面からソーシャルゲーム会社。

2. Qualitative plays connect the dots : 真の顧客理解につながる定性の復権
従来の定性調査会社というよりも、アカデミックなバックグラウンド(社会学系?)とITのインプリを兼ね備えたスタートアップ

3. Once more, with feeling : 人の非合理性を汲み取る手法の台頭

これもアカデミックなバックグラウンド(こっちは経済学系、もしくは最先端科学系?)とITのインプリを兼ね備えたスタートアップ。

4. Google gobbles up data collection : MRバリューチェーンの再構築
Google等のITのメガプレイヤー

5. Text Analytics reads between the lines : テキスト分析の進化
テキストマイニングに特化した企業、大量データを扱うことに長けた企業(データマイニング、データウェアハウス等)、コールセンター事業者等の顧客定性情報を従来から扱う企業

6. Brands put their money where their mouth is : 企業の期待すること(=予算配分)の変化
MR業界以外の新しいプレイヤー全般(下記は記事内で紹介されていた企業)

Wayin:クイックリサーチができるSNS
IntoNow:見ているTV番組にチェックインし共有できるサービス
CrowdTap:企業が消費者とつながりサーベイやサンプリングができるクラウドソーシングサイト
Tiipz:ソーシャルメディアを通じたリサーチサービス
Survey Monkey:DIYリサーチサービス

7. Going glocal : 一元的なグローバル調査が格段に早く・安く
モバイルキャリア、巨大な(潜在的な)パネルを持つコミュニケーションインフラ企業(Facebook等のソーシャルメディア)

8. Big Data = big bucks : ビッグデータは一つの産業に
IBM・オラクルといったITのメガプレイヤー、大量データを扱うことに長けた企業(データマイニング、データウェアハウス等)

9. Mobile, mobile, mobile : モバイルが最重要な技術の中心に
モバイルキャリア、コミュニケーションインフラ企業(Facebook等のソーシャルメディア)

10. Research is redefined : 要はMRの再定義が必要
割愛

こう見ると、それぞれの変化を担えそうな企業は既存の業界外にいるように思えます。私自身ここまで明確にリストアップしてみたことはなかったのですが、こう見ると非常にバラエティ豊かに様々な方面から新しい勢力が出てきそうであることがわかります。
裏を返すと現在の中心プレイヤーである「従来MRへの変化の圧力」(終焉は言い過ぎ?)と言えるのではないでしょうか。


・既存のMR事業者の立ち位置は
従来MRなりその事業者には変化の圧力がかかっている、一方で、その役割は小さくなり脇役になれど完全には消えてなくならないことも確かなことだと思います。その時、相対的にシュリンクしていくであろう従来の領域で生きていくことを選ぶのか、自ら変化に身をさらすことを選ぶのか、従来MRにとって大きな岐路に差し掛かっているのではないでしょうか。

上述のような新規参入者のイノベーションが技術・方法論ドリブンだすると、MR事業者にはクライアント(顧客)ドリブンのイノベーションに一日の長があるはずです。また、それこそが自分たちの売り物でもあるはず。ただ同時に、以前のエントリー(その①その②)に書いたDIYリサーチ(Survey Monkey等)の件のように、クライアント企業内の人材・ナレッジの成熟に伴い、なぜインハウス(クライアント社内)のリサーチャーではなく外部事業者のリサーチャーである必要があるのかという問いが、MR事業者には突きつけられています。つまり、MR事業者はイノベーションのきっかけとなる技術/顧客の両方向からの板ばさみに合っている、ということが偽りのない現状であるように思えます。

のんびりしていると、DIYリサーチのように、うまくクライアントニーズをとらまえた新規参入者とクライアントが直接結びつく形が拡大しそうです。医者の不養生にならないよう、自分たちがいつもクライアントに対して提言している、マーケットインサイトをうまく活用した自分たちのバリューの見極めを行うべき時なのではないかと思います。

2012年1月3日火曜日

選択肢が多いことは善か -『コロンビア白熱教室』より-

人生は選択の連続です。2012年が始まりましたが、皆さんは昨年一年でいったい何回の選択をして、今年何回の選択をすると思いますか?考えたこともない方も多いと思いますが、米国人2000人を対象にしたある調査(後述の番組内で紹介)では、人は一日に平均70回の選択をしている、という結果が出たそうです。ということは、人は年間平均2万5千回以上にも及ぶ選択をしているということになります。

直感的には選択肢が多いことは良いことのように思えます。ただ、皆さんも、買い物をしていてあまりの選択肢の多さに選ぶのが面倒になって購入を先送り(あるいは中止)にしたり、購入後になんとなく他の選択肢のことが頭に残ってイマイチ満足度が高くない状態になったり、そのような経験があるのではないでしょうか。

昨年から、サンデル教授の『ハーバード白熱教室』のコロンビア大学ビジネススクール版である『コロンビア白熱教室』がNHKで放映されており、著書『選択の科学』で有名なシーナ・アイエンガー教授の「選択」についての授業が展開されています。溜まっていた録画を正月に見ていたのですが、その中で、この「選択肢の多さ」について取り上げられていたので、メモします。

■選択肢が多いことは必ずしも歓迎されない

選択肢があまりに少ない(ない)ことは当然ながら「選択の自由」を奪われるわけなので、不満の種になります。一方で、選択肢が多すぎることも同じく不満の種になるようです。(記憶があやふやながら、確か)ある実験で下記のような傾向が見てとれたそうです。
  • ある上司が部下にほとんど選択肢を与えなかった場合、その部下は上司を有能であるとは認めるが独裁的だと評価する。
  • 一方で、別の上司が部下に非常に多くの選択肢を与えた場合、その部下は上司は寛大でフレンドリーであると評価するが能力は低いと評価する。

なんとなくわかる気がしますね。
また、他にも冒頭に挙げたような先送りや満足度の低下ということも経験的に感じます。このことをよく表しているのが、教授が行ったジャムの実験です。食料品店の入り口付近の試食コーナーに24種類のジャムと6種類のジャムを並べた場合を比較すると、試食に客が立ち寄る率は24種類の方が多かったが、売り上げは6種類のジャムしかない(品揃えが少ない)方が6倍もあったと言います。

■選択肢が多いと起こりがちなマイナス面


では選択肢が多いことは何を引き起こすのか。教授は選択肢が多いと起こりがちなマイナス面として、下記の3つを挙げます。

・現状を維持する傾向がある
考えるの面倒くさいし今回はいつもと一緒でいいや、ということありますよね。これは、決断を先送りする傾向とも言い換えられそうです。

・利益に相反する選択をする傾向がある
こんなに選択肢が多いとよくわからんし中庸で、ということありますね。違いを見分けるあるいは優劣を付けることが自身ではできず、周りに言われたからとか、自分をよく見せようとか、外部圧力に左右されるということもあるでしょう。

・選択の結果に満足しない
もっと探せば他にもっといいものあったかも、あの色・味のほうが良かったかな、ということでしょうね。これはわかりやすいです。

■選択肢が多すぎることによるマイナスが起こる原因

選択肢が多すぎることによるマイナスはどのようなことが原因となって起きるのか。教授の挙げるポイントは下記の3つです。


・知覚判断と記憶力の限界
何事も、人にはキャパというものがあります。ある一定以上選択肢が多いということは単純に人の情報処理能力の限界を超えるということです。短期記憶という短期間(約20秒間)保持される記憶では、「マジカルナンバー7±2」といって7±2の情報しか保持できないという説もありますね。

・わずかな違いを見分けられない
選択肢の間に明確な違いや優劣がないと、人は自身の選択基準を尺度にして、選択肢の評価をできないということかと思います。番組では、教授が行った、微妙な色の違いのマニュキアを見分けられるのか、という実験が紹介されていました。

・個性的な選択をしようとする
ここでも教授のネクタイの実験例が紹介されていました。普通の無地のネクタイ、中間的なペイズリー柄のネクタイ、突飛なヒョウ柄のネクタイの中で一つを選ばせると、中間的なものを選ぶ人が非常に多いというものです。あまりに派手なものは嫌だけど平凡すぎるものを選ぶ自分ってどうなのか、という心情だそうで。選択は周りへのメッセージでもあり、個性的な選択をしようとするプレッシャーがかかるそうです。

■選択肢が多すぎることによるマイナスを軽減する対処法

では目の前に多くの選択肢が並べられた時に、どのように対処すればいいのか。ここもまた3つのポイントが挙げられていました。
ベンジャミン・フランクリンの言うように「どちらを選べばよいかは教えることはできないが、どうやって選べばよいかは教えられる」というわけです。

・省く
まずは不要なもの、重要度の低いものを省く。番組では、ある消費財メーカーの品目削減による売上増の例が紹介されていました。
少し脱線しますが、省くという文脈で紹介されていた「オッカムの剃刀」。私も始めて聞いたのですが、「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くの実体を仮定するべきでない(ある事実を同様に説明できるのであれば仮説の数は少ないほうが良い)」という指針のことだそうです。ちなみに「剃刀」という言葉は、説明に不要な存在を切り落とすことを比喩だそう。

・分類する
傾向や共通項によって分類する。これをするとまずはカテゴリごとの取捨選択を行うことができ、選択肢の絞込みがしやすくなります。

・複雑さを整理する
番組では、自動車のオプションの実験が紹介されていました。自動車購入にあたってシート、車体カラー等のオプションが多くある中で、選択肢の少ないオプション項目から選択を始めた方が、選択肢の多いオプション項目から選択を始めるよりも、満足度が高かった、という結果。つまり選択肢そのものだけではなく、順番の工夫や階層での整理等、「プロセス」によっても複雑さを解消することができるということかと。

今回の授業で話されていたことは、どちらかというと「人(ビジネスパーソン)としての日々の意思決定・選択」についてでした。パレートの法則(いわゆる2:8の法則)を人の日々の活動に当てはめてみると、「日常生活の成果の8割は、2割の決定や行ったことで決まる」と言えるのかも知れません。教授は生徒がその日の一日に行った選択を全てリスト化させ、その中で人に任せてもよい選択、あえて選択しなくてもよかった選択、ベストな選択をしたが満足度は高くない選択、自分の価値を高めていない選択を分類し、省かせます。人が思っている以上に、本当に自身が選択をすべき事柄は限られているということが見えてきていて面白かったです。

■教訓 選択肢を多く提示しすぎていないか

世の中で全てでパレートの法則が成り立つかというとそうではなく、ネットによるロングテール効果(物理的スペースが不要なため多品種をラインナップでき、少ししか売れないが長い尻尾のように多品目に渡って売れ続ける現象)とか、リアル店舗での客寄せ効果とか、選択肢が多いことによる効用もあるように思います。

ただ、一度マーケティングにおいて顧客に提示している選択肢の多さを見直してみる価値はあるのではないかと思います。これは単純に製品・サービスの種類やスペックをシンプルにすればよいということだけではありません。それらマーケティングプランを検討・検証する際のインプットとなる、マーケティングリサーチにおける質問の選択肢から見直す必要があるかもしれません。例えば、購買要因やニーズをアンケートで聞くにしても、あれもこれもと2桁の選択肢を用意してしまっていることはないか。ここで仮に回答者(=消費者、顧客)が正確に本音で選択をできなかった場合に、そのデータは実態とは異なる結果を表してしまう、つまり誤った結果をベースにプランニングや検証をしてしまうというということに繋がります。

「選択肢の多さ」を「選択の自由」と勘違いしがちという点は注意しなければなりません。マーケティングにおいても、消選択肢が多いということは、消費者に不自由さをもたらすこともあるということ、肝に銘じたいと思います。