2011年9月26日月曜日

「ビジネス」がタブーとされる世界 -芸術における起業を例に-

「事業」という言葉。辞書を引くと、「生産・営利などの一定の目的を持って継続的に、組織・会社・商店などを経営する仕事」とあります。「ビジネス」とも言い換えられるでしょうか。現代において、ものごとの成果を上げるために必要な要素であると思います。

しかし、世の中にはこの「ビジネス」の進入を頑なに拒む領域(というか一部の人・組織)があります。「XXにビジネスはそぐわない」「XXにお金の話を持ち込むなんてけしからん」といった類のものです。

このXXに当てはまる一つの代表例が「芸術」です。この芸術の領域に「ビジネス」を取り入れ成功された人として、村上隆氏には以前から興味がありました。芸術そのものにはなんの造詣も(もしかしたら興味もほとんど)ないのですが、「XXにビジネスはそぐわない」という通説をどのように突き崩せるのか、という事例に興味があり、氏の『芸術起業論』を読みました。

氏の作品や功績あまりにも有名で私が紹介するまでもないわけですが、素人目にも(日本ではどうかという点はありますが)世界で認められ成功を収められた芸術家の数少ない一人なのではないかと思います。成功の尺度の一つとして、「ビジネス」的に成功したというものがあることは間違いなく、もしかすると従来の「芸術」とは異なるのかもしれません。
一方で、同じ「ビジネス」を取り入れたということから、各方面からその手法や考え方に対する批判が集まる人でもあります。ここでは具体的に紹介しませんが、賞賛・批判ともにググればすぐに色々と出てきます。

この両面からの評価が表すように、氏のやってきたことは立場の違いによって、破壊とも捉えられますし、革新とも捉えられます。いずれも「ビジネス」が共通項です。

本書では、そんな氏の、現実主義者、分析家、セールスマン、ストラテジストといった側面が見てとれます。
氏が芸術の世界で取り入れた視点や考え方は、芸術と同様に「ビジネス」の進入を拒む領域において、エッセンスとして非常に重要なものであると思います。個人的な解釈ですが、下記にそのポイントをまとめます。
(抜粋ではなく解釈を入れた要約であることにご注意ください)

1.競争のルールを理解する
競争の存在が前提ですが、誰がルールセッターなのか、どのようなルールなのかを見極め、その中で競争を行い最高の芸を見せること。「自由に作りなさい」からは無責任な作品しか生まれず、美術の本場に「ルールの違う戦い」を挑むことになる。

2.業界構造を知る
業界における現状のお金の流れをまずは全面肯定して内部に入り込み、当事者になる。懐に入り込み敵の弱点を探す。

3.市場の目による批評を受ける
本当の批評は創造を促す。客観的に作品を判断する批評こそが、価値観の違いを乗り越えて理解してもらうために必要なこと。

4.顧客(ニーズ)ありき
芸術は社会と接触すること、鑑賞者がいることで、はじめて成立する(自己満足ではない)。クライアントのニーズを汲み取り、相談や調査をもとに作品を進化させることは創造性を妨げないし、クライアントの要望に応えるためには分業制もとる。

5.顧客の価値観の多様性を受け入れる
西洋社会と日本社会では金持ちの桁が違い、価値観も当然ながら違うという現実を受け入れる。本来ならばわかりあえない人たちとどのように深く濃く交流していくかを考える。

6.ポジショニングを明確にする
自分自身のアイデンティティを発見し、欧米美術史および自国の美術史の中でどのあたりの芸術が自分の作品と相対化させられるのかをプレゼンテーションする。欧米の美術の世界特有のルールの中で自身の立ち位置を見出す。

7.価値は物語とプレゼンテーションで高める
現代美術の評価の基準はルールの中での「概念の創造」。それだけに、言葉を重視し、金銭をかけるに足る物語がなければ作品は売れず、売れなければ西洋の美術の世界では評価されない。ゆえに文章には最大限気を配るし、原稿の翻訳をしてもらう人も慎重に選ぶ。。

8.コミュニケーションを最大化する
自分の作品が理解される窓口を増やすために、自分や作品が見られる頻度を増やすことを心がける。媒体に出る、人にさらす機会を増やす、大勢の人から査定をしてもらう。

9.ブランディングする
個人史、人生をブランド化する。ゴッホにしてもピカソにしてもウォーホールにしても彼らを説明する文脈であるサブタイトルが重要。作品に価値を乗せる。お客さんが消費するには、幹だけでなく枝葉が必要。

10.手段は目的に従う
芸術の核心は「芸術をやる目的」にあり、これがなければどんな技術も役立たない。日本の美術教育はこの目的の設定がすっぽりと抜けており、「(教授が着目した)主観的な歴史を学ぶこと」と「航海がはじまった時に必要な技術を学ぶこと」に終始している。

11.マネジメントをする
クリエイティブを促すためにアメとムチをを使った人のマネジメント。集団で作り上げる工程のマネジメント。新しいものや正しいものを作るためには実験と失敗の仮説検証のマネジメント。わがまま放題のお客さんマネジメント。全てにマネジメントが必要。

12.お金で時間を買う
芸術制作には資金が必要。金銭があれば、制作する時間の短縮を買える。芸術家も一般社会を知るべき。

13.リスクをとる
チャンスがある時に、作りたいものを自分の判断と責任で作れるようにする。経済的なバックアップが止められたら作れなくなるという状況を回避する。

14.強みをレバレッジする
日本の頼るべき資産は技術で、欧米の頼るべき資産はアイデア。日本は技術がある(教育でデッサンに執着するため、総じて絵が上手い)ので低価格でいいものができる基盤がある。これをうまく運用すべき。

15.人の知恵をレバレッジする
芸術家一人で作るしかけには限界があるため、大勢の人間の知恵や助言を集める。


改めて書きますが、これらには賛否両論があるところで、当然ながら「ビジネス」を取り入れた負の側面というものもあるとは思います。ただ、ネガティブチェックだけをしているのではなく、それをやらないことによる「機会コスト」も十分に考えるべきであるように思います。

同じように「ビジネス」の進入を頑なに拒み、上記の考え方や視点がすっぽり抜けている人や組織が存在する業界というのはあるように思います。私は上記で挙げたポイントを一つずつある業界のある機関に当てはめて読み進めましたが、うーん。。

そのような業界や組織では、現行のやり方の中で、解決すべき多くの課題や市場としてのポテンシャルに対して、人材や資金や技術をフルに活用できているのでしょうか。できていないとすると、どうすればいいのでしょうか。

芸術の世界において、村上隆氏は欧米で認められた後に日本で認められる「逆輸入」という形で一つ風穴を開けました。同様に閉鎖的な業界においても、結果の説得性という観点では、欧米での(他人の)先進事例を単に持ち込むのではなく、日本人・企業が事例を海外(もしかしたら後進国でもいいかもしれません)で作りそれを持ち込むということが一つの可能性なのかも知れません。

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