2011年9月10日土曜日

数字には意図がある -「基準値」によって変わる「患者数」-

以前のエントリーで、糖尿病を例に、慢性疾患における病気にかかっているが未治療である潜在患者のボリュームの大きさを確認し、現在マーケティングの対象の中心となっている病気に自覚的で治療をしている層以外にも目を向けることの重要性を考えてみました。その中で、自身の糖尿病に対して「未発見・無自覚で未治療」あるいは「自覚あるが未治療」であると考えられる想定患者数を引用しました。

課題解決の視野を広げる -糖尿病の予防、早期発見、治療を例に-

続:課題解決の視野を広げる -慢性疾患における「未治療」の要因-


これに対する広義の意味での対論というのでしょうか、月刊誌『選択』9月号を読んでいて、興味深い記事がありました。医学博士柴田博氏の「糖尿病患者「急増」の大嘘」から引用します。

七月の某週刊誌に「糖尿病『一千万人の真実』」と題するキャンペーン記事が掲載されたのを、ご記憶の読者もおられよう。
(中略)
この連載の初回で書いたとおり、日本人の総カロリー摂取量は、終戦直後の1946年より、今の方が低くなっている。現代の方が、低栄養なのだ。なのに、なぜ糖尿病患者が急増し、三倍になったりするのか。
手口は簡単である。メタボリック・シンドロームと同様で、診断の基準値を下げたからだ。数値をいじって、患者を意図的に増やしただけのことである。
(中略)
糖尿病診断では、かつて空腹時血糖が140以上を異常としていた。それが1999年になって、126に突如下げた。当然「患者」は増えた。
※ちなみに、「この連載の初回」にあたる、1月号の記事「「健康常識」を疑おう」には、1946年の1日の平均摂取カロリーが1903キロカロリーであったのに対して、2008年は1867キロカロリー、とあります。

記事には下記のようなデータも記載されています。(基準値が変わっただけで)過去から血糖値自体に大きな変化はないというデータのようです。



記事からは、製薬企業や学会といったいわゆる「業界」に対する筆者のアンチな姿勢が漂っているので、額面どおりに受け取ることはしないほうがいいように思いますが、一つの事実としてこのような見方があり、基準が変わったということは良い悪いは別にして事実なのでしょう。

数字はファクトと言われ、数字そのものは客観的なものではありますが、上記のように、その意味合いを考える際にはそこに「意図」が含まれるようになります。例えば、100という数字を高いと見るか低いと見るかは、何を基準に見るかによって変わりますし、過去のからのトレンドの変化によっても異なってきます。また見る立場によっても数字の意味合いは異なります。

今回引用した記事は、以前のエントリーで紹介した数字が「ある種の意図を持っている」と言っているというふうに解釈できます。私は、未治療層のボリュームは大きく、予防であるとか診断であるとかが重要であり、そこに未解決の課題があるということには同感ではあるのですが、「数字の意図」についてはしっかりと見極める必要があることは確かにその通りだと思いました。


■付記
それにしても、こういった数字を体系だってまとめたデータはあまり落ちていませんし、あったとしても怪しげに加工されているものも多いですね。。結局、厚労省しかないのですが、厚労省の統計データから目的のデータを見つける難易度は、天下一品であると改めて思いました。(意図的ではないことを切に願います)

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